念願だった田老の防潮堤を、しっかりと見学できてとても良かった。時間はまだ、午前9時半。
ここからは 三陸海岸 をゆっくりと南下しながら、釜石市へ向かう。そしてこの日のうちに、飛行場のある 花巻市 まで戻る予定。
本州最東端の街 宮古市
浄土ヶ浜までは、田老から車で20分ほど。意外と近い距離。
浄土ヶ浜
さて、こちらも念願だった浄土ヶ浜。
とても美しい海岸として有名で、その名は子どもの頃から知っていたので、今回楽しみにしていた場所の一つ。
浄土ヶ浜は、岩手県宮古市にある三陸海岸を代表する景勝地で、白い岩とエメラルドグリーンの海が特徴の美しい海岸。
冬の浄土ヶ浜は、車で直接海岸近くまで行くことができた。通常は手前の駐車場に車を停めて歩いて向かうそうだが、この日は一番下の浄土ヶ浜レストハウスの駐車場までそのまま入ることができた。
車を停め、さっそく海岸へ向かう。
空は曇り気味で、青空ではないのが少し残念だが、それでも目の前に広がる景色は十分に美しかった。

砂浜は白く、海から突き出す岩肌もまた白い。その間を満たす海は、曇り空の下でもエメラルドグリーンで、まさに「浄土ヶ浜」という名の通りの景色。


そして海岸には、観光客よりも多くのウミネコの姿があった。かなり人に慣れているらしく、こちらが近づいてもなかなか逃げないので、写真を撮らせてもらった。
ちなみに、ウミネコとかもめの見分け方は、くちばしの先に赤と黒の模様があればウミネコ。くちばしが全部黄色なら、カモメらしい。

レストハウスの前では、ちょっとしたイベントが開かれていて、焼き牡蠣が大きくてとても美味しそうだったので、思わず一個ずついただいた。
こんなに大きいのに、マガキだそうだ。しかも1個300円。さすが三陸!すっごく美味しかった。


滞在時間は30分ほどだったが、それでも十分にその美しさを堪能することができた。
宮古市街
次は、宮古の街を巡ってみる。街に向かう途中、港に築かれた大きな防潮堤に、思わず車を停めて、写真を一枚。
街のあちこちに、壁のような防潮堤が築かれていて、その存在感は圧倒的で三陸に住むということは、こういうことなのだと思わせる。

ここからほど近い場所にある、宮古市の津波到達地の石碑へ向かった。
そこはわずかに高台になっている場所で、あのとき、津波にのまれた車が次々と流されていく映像が撮影された地点でもある。
あの衝撃的な映像は、今でも脳裏に焼き付いている。


さらに街の方へ向かう途中、国道45号線沿いのファミリーマートに立ち寄った。
ここも、黒い津波が堤防を越えて流れ込み、大きな被害を受けた場所。当時テレビで何度も流れた映像が、鮮明に思い出される。

ファミマで買い物を済ませたら、少し戻って、港にある道の駅「みやこ」に行ってみた。

テラスからは、宮古港にある水門と防潮堤が一望。岸壁では沢山釣り客がいますね。なにがつれるのでしょうか。

そして私たちはというと、防潮堤カード、マンホールカード、トンネルカードと、公共インフラ系のカードを一気にゲット。収集癖のせいで、カードがどんどん溜まっていく。。。


宮古駅
そして、鉄男君のために、宮古駅へやってきた。三陸鉄道とJR山田線のターミナル駅。駅舎もなかなかいい感じ。

ホームには、朝ドラのあまちゃんで見た、三陸鉄道の青と赤のカラーリングの列車が何本も待機中。
それにしても、JR山田線の時刻表はなかなか衝撃的。1日にわずか5本。これは、なかなかの「ローカル線レベル」・・・。

そして、JRの時刻表も衝撃的だが、駅そばがあるとはこれまた衝撃。食べる予定はなかったが、かけそばを注文。素朴でいい。まさに「ザ駅そば」。ごちそうさまでした。


駅前の観光案内所に、立ち寄ってみると、「本州最東端訪問証明書」なるものが、、、
実際に灯台には行っていなけどいいのかとも思ったが、そこには、本州最東端のまちを訪ねた証明となっているのでギリギリOK。としておこう。
ちなみに、本州の端は四つ。
最東端は、ここ宮古市の 魹ヶ崎。最北端は青森県の 大間崎。最南端は和歌山県串本町の 潮岬。そして最西端は山口県下関市の 毘沙ノ鼻 だ。いずれ、すべての証明書をゲットしなければ。
青森の龍飛崎でも証明書はもらったが、龍飛崎は本州の4つの端ではなかった。

大槌町 蓬莱島(ひょうたん島)
宮古の街を後にして、さらに南へ。昨晩泊まった大槌町へと戻ってきた。
地図を見て気になった「ひょうたん島」に立ち寄ってみた。入口は東京大学の研究所の敷地になっていて、少し戸惑うが、その脇を通って堤防をひたすら数百メートル歩くと「蓬莱島(ひょうたん島) 」に到着。


島には、一軒の緑のお家と赤い灯台があって、絵本のような世界。
そして、海をみて驚いたのが、ウニがたくさんいること。三陸でも最近は、ウニが増えて海藻が減る「磯焼け」が問題になっているらしい。ここも海藻があまり見えないので、磯焼けしているのかもしれない。

島に上陸すると、そこは神社で弁財天が祀られていて、古くから大漁や海上安全を願う信仰の対象になっていたそう。大槌町のシンボル的存在でもあるそう。

島の下では、釣りをしている人がいて、ちょうどアイナメが釣れたところだった。見せてもらうと、40cmくらいはありそうな、なかなか立派なサイズ。「これでも小さい方だよ」とのこと。
恐るべし、三陸のロックフィッシュ。旨いだろうなぁ。。羨ましい。

釜石市 いのちをつなぐ未来館
南下して、再び釜石に戻ってきた。
昨日は閉館時間に間に合わなかった「いのちをつなぐ未来館」へ向かう。
その前に、釜石といえばラグビー。ワールドカップが行われたスタジアムにも立ち寄ってみた。
スタジアムの前には大きな川の河口があり、ここにも水門が設けられている。「鵜住居川水門」
ここの水門カードも取得済み。

そして、復興スタジアム。ワールドカップのときは、仮設スタンドが設けらていたらしい。

いのちをつなぐ未来館
本日午後のメインは、ここ「いのちをつなぐ未来館」。
東日本大震災の被害や当時の出来事、そして命を守るための教訓を伝える施設。

展示を見ていると、津波の恐ろしさが強烈に伝わってくる。




釜石の奇跡
「釜石の奇跡」とは、2011年の 東日本大震災 の際、釜石市の小中学生が自ら判断して避難し、多くの命が救われた出来事。震災当日、中学校と小学校 の児童・生徒たちは学校にいた。

地震のあと、先生の指示を待つのではなく、「津波が来るかもしれない。とにかく高い場所へ逃げる」という判断で避難を開始したそう。
中学生が先頭に立ち、小学生を誘導しながら高台へ向かう。手を引いて助け合いながら避難し、一度高い場所に着いたあとも「ここでは危ないかもしれない」と判断し、さらに高い場所へ移動した。

こうした判断と行動で、多くの命が救われた。この出来事は「釜石の奇跡」として語られている。
まとめ
ということで、浄土ヶ浜 から海岸線を南へと、あちこちと立ち寄ってきた。
美しい浄土ヶ浜やひょうたん島など三陸らしい景色を眺める一方で、各地に整備された復興道路や水門、防潮堤の大きさは、やっぱりすごかった。
復興の様子を実際に見ると、遠くからニュースで見ていた出来事も、その重みはまったく違って感じた。来てみてよかったと思う。
私も遠く愛知であの揺れを感じたが、この地ではそれがとてつもなく恐ろしい現実だったのだと思うと胸が痛む。いずれ必ず来ると言われている南海トラフ地震に、この教訓をどう生かしていくのかも大事ですね。
そういう意味でも、震災の記憶や教訓を伝える施設は、もっと多くの人に実際に訪れて見てもらいたいですね。



